大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和26年(う)1608号 判決

控訴人 被告人 奥村一馬

弁護人 堤千秋

検察官 長富久関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

弁護人堤千秋の控訴趣意は、その提出にかかる控訴趣意書(第二点を除く)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

右に対する判断。

控訴趣意第一点(採証法則違反)について。

原判決が本件酒税法違反の事実を認定した証拠として、被告人に対する大蔵事務官作成の顛末書を挙示していること及び右顛末書に、いわゆる供述拒否権のあることを告げた旨の記載がないことは、所論のとおりである。しかし憲法第三十八条第一項に「何人も自己に不利益な供述を強要されない」というのは、専ら刑事手続、即ち犯罪の捜査及び裁判の手続に関する場合の規定であり、行政機関によつて行われる行政手続については、その適用がないと解するのが相当である。刑事訴訟法第一九八条第二項が、右憲法の規定の具体化として検察官その他の捜査機関が犯罪捜査のため、被疑者を取り調べるに際して、予め供述を拒むことができる旨を告げなければならないと規定しているのに対し、収税官吏が国税に関する犯則事件について行う調査手続を定めた国税犯則取締法が新憲法施行後数次の改正が行われたに拘らず、この種の規定を設けなかつたのは、右の趣旨に出でたものと思われるのであつて、即ち収税官吏が前記法律に基き国税に関する犯則事件について行う調査は、厳格な意味における刑事手続そのものではなく、むしろ行政手続的な性格を有するものであるから、同法に刑事訴訟法第二項のような明文のない限り、収税官吏が犯則事件調査の方法として犯則嫌疑者に対し質問する場合には、予め供述拒否権のあることを告知する必要はないと解すべきである。もつとも、犯則事件の調査は、犯罪の捜査そのもののための手続ではないにせよ、他日刑事手続に発展する可能性もあることであるから、この意味において、収税官吏が右の質問を行う場合には、刑事訴訟法に基く捜査の場合に準じ、犯則嫌疑者に対し予め供述拒否権の告知をしておくのが妥当であろうけれども、このような手続を取らなかつたからといつて、その手続が違法であるといえないのは勿論、このような取調に基く犯則嫌疑者の供述がただこれだけの理由で任意性を欠くものと速断することはできない。

要するに、原判決には所論のような違法はないから、論旨は理由がない。

第三点(量刑不当)について。

記録に現われた諸般の犯情に照せば、原判決の科刑は相当であり、これを不当とすべき格別の事由を見出すことができないので論旨は採用しない。

他に原判決を破棄すべき事由もないので、刑事訴訟法第三九六条に則り、本件控訴を棄却し、当審の国選弁護人に支給した訴訟費用は、同法第一八一条第一項に従い、被告人にこれを負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 筒井義彦 判事 川井立夫 判事 櫻木繁次)

弁護人堤千秋の控訴趣意

第一点原判決は被告人に対する大蔵事務官浜田耕一同倉本照男作成に係る顛末書(検四)を証拠として有罪の判決をなされているけれども、右顛末書が国税犯則取締法第十条同法施行規則第八条第十二条に則り作成されたとしても、右顛末書には被告人に対しあらかじめ供述を拒むことができる旨の記載なく(刑訴法第百九十八条第二項)憲法第三十八条第一項に何人も、自己に不利益な供述を強要されないとの原則に反する供述録取書であるから、原審公判に於て被告人が証拠とすることに同意したとするも、之を以て直ちに証拠とすることは許されない。被告人が単に右顛末書に捺印したとするも供述を拒むことを可能の状態としてなされた供述でない限り、任意性はないものであるから、原判決は此の点に於て破棄されねばならない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例